■ 「点数を取ること」はあくまでも通過点
定期テストの点数を上げる「だけ」なら簡単です。
恐怖心を煽って、ひとつの単元に対して10種類くらいのプリントやワークを解かせて、満点が取れるまで何度も何度もやり直しをさせるうちに、嫌でも覚えてしまう。そうして集中的に頭に入れた内容をテスト開始の合図とともに、猛スピードで答案用紙に書きなぐる。練習段階で満点になるまでひたすらに解かせるので、本番では悪くても90点くらいの点数は取れます。
そして、そのレールに乗れない子どもは罵倒されるか、見捨てられるか。居心地が悪くなって退塾を決意する、もしくは同グループ内の個別指導部門へ行くように勧められる。
「責任を持って預かる」と入塾時に良い顔をして預かった子ども達とその両親の期待を踏みにじるような行いをしている塾が少なくないのは、業界の悲しい現実だと思います。
始めの話に戻りますが、定期テストの点数を上げる「だけ」なら簡単です。
有限の出題範囲で行われるテストに対して、それだけの量を詰め込めば、実現しますから。
実力に見合っていない点数を「取らされて」本来もっている能力よりも圧倒的に高い子ども達が周りに大勢いる高校へ進学するのは、ただの悲劇でしかないのです。
必死に何度も何度も、誰かに与えられた課題を受け身でこなしているうちに取れていた点数が自分の実力だという勘違いは、入学してすぐに見事に打ち砕かれてしまいます。周囲にとっては一発で理解できる内容も、自分にとっては何度もやらないと身につかないし、科目も増えて当然そんな時間は確保できなくなってしまいます。
こういう事例を私は「進学塾の被害者」だとしか思えません。
「レベルの高い集団の中で互いに刺激しあって君も成長するんだよ」という感じに、合格実績を欲しがる塾の先生からはチャレンジを促されるものの、進学後にうまくいっている生徒は少数派。
「高校に入ると量・質ともに大変になるから高校でも塾に通おう」と言えば一石二鳥でしょうか。
■ 「中学と高校はやり方が違う!?」という神話
「このワークさえやれば良い」
「このプリントを決められたやり方でやれば点数が取れる」
子ども達は、塾の先生のその言葉を頑なに信じて、やる。
やるから点数は取れる。
塾がすごい。先生がすごい。自分もすごい。
このプロセスの中に、子ども達が「何が大切か?」を考える余地はありません。
近道を知っているから使う、ただそれだけ。
「他人に動かされている」と気付くこともないままに高校受験の時期を迎えてしまいます。
しかし、ある日、塾の先生が手のひらを返す日を迎える。
「今までの君たちのやり方は、高校では通用しない。だから予備校へ行かなければならない。」
塾業界のスタッフの一大イベント「高1継続活動」です。
どうして、量・質ともに少ない中学校のうちに近道を教えてしまって、考える力を育てる機会をなくしてしまうのでしょうか?
どうして、依存することしかできない体質を作り上げて、高校生になっても無理に塾へ通わせようとするのでしょうか?
どうして、「高校でも通用する勉強スタイルを作ってから中学を卒業させてあげたい」という使命感を持って指導を行なっている学習塾が少ないのでしょうか?
中学3年生までの指導を専門にしている学習塾のスタッフには、無責任な人が多すぎるような気がしてなりません。
■ 「点数をとる」以上に学習してほしいこと
中学の3年間で習得するべき知識量は、それほど多くありません。
期間や範囲が区切られて、定期テストがやってくるので、一度にやらなければならない量も、それほど多くありません。
高校受験がゴールではないので、この時点で身につけておくべき能力は以下のものが考えられます。
・努力と結果の因果関係を知ること。
・何が必要であるかを考えて実行し、後に検証すること。
・現状に満足せずに、効率化や高速化など「もっと上」を目指す姿勢。
テストの点数は「取らせてあげる」という発想で大人が手を加えると、大切な成長の機会が損なわれてしまいます。
産業構造や経済情勢もどんどん変化していく世の中を子ども達は生き抜いていかなければならないので、これからの中学生の教育に本当に必要なのは、「エサのラクな取り方」を教えてやるのではなく、「エサを取りにくい時にも、諦めずに工夫し続ける姿勢」を教えてやりたいものです。
「代わりにエサを取ってやる」ような、ひと昔前の家庭教師や、個別指導塾ができた当初に多くの学生講師たちが行なっていた教育姿勢は収束に向かいましたが、もうひとつ先のシフトチェンジが教育業界全体に求められると思います。
■ 「依存」の2つの形成要因
子どもの依存心が増長されてしまう要因は、ここまででお話してきた、集団指導の進学塾で行われてきたプロセスもありますが、個別指導塾の現場では、もっと起こっているのも否めません。
教えすぎる、助けすぎることが一番の原因ではないかと思いますが、もっともタチが悪いのは、講師たちの善悪の基準が不明確なことです。
「大学生」という肩書きを持っていれば、どんな人でも「塾の先生」になることができてしまう時代です。
しかも、ほとんど丸投げの状態で日々の指導が行われているので、点数が取れているかの数値管理以外の方法で、指導の状況が見直されることはごく稀なことです。
社員スタッフはビジネスとしての教育に熱中して、上司から言われる「数字」を追い続けさせられる管理体制です。
人は誰だって嫌われたくないので、かなり意識の高い講師でない限り、目の前の子ども達を甘やかしてしまう、見逃してしまう。
「子ども」が子どもを教育している世の中に疑問すら感じてしまいます。
ただ、この形での依存があれば、個別指導で圧倒的な成果を上げるのは困難なので、神がかったものに囚われたかのような、「自信つきの依存」にまでは発展しない場合の方が多いです。
■ 「自信つきの依存」がいちばん大変
本当は自分では考えられないのに、点数の取り方を知っているから、「表向きの結果」は出てきて、「受験にも勝ててしまう」のは本当に恐ろしいことだと思います。
12~18歳の、心の成長スピードが最も速い時期に「これで大丈夫だ」と信じ込んでしまうと、大人になってからの修正も難しそうです。
このように見ていくと、本当に実力どおりの進学先を選んでもらいたいものだと思います。
そして、「覚えるくらいやったから解ける」のではなく、「本当に実力を伸ばす塾」が世の中に増えてほしいと心から思います。
そのためにも、私たち「対話式学習館ホームズ」が全国から注目され、様々な形で全国の学習塾に影響を与えていける側に立てるように、日々努力してまいります。